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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和38年(ネ)206号 判決 1968年3月27日

控訴人(附帯被控訴人) 北陸天然瓦斯株式会社

右代表者代表取締役 河口源平

右訴訟代理人弁護士 深井龍太郎

同 小池実

被控訴人(附帯控訴人) 大谷伊佐

右訴訟代理人弁護士 島崎良夫

同 河村光男

主文

一、原判決第一項を取消し、右部分の被控訴人の請求を棄却する。

二、被控訴人の本件附帯控訴を棄却する。

三、訴訟費用は、第一、二審ともすべて被控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の申立

一、控訴代理人は、控訴の趣旨として、「原判決中控訴人敗訴部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」旨の判決を求め、附帯控訴につき、「本件附帯控訴を棄却する。」との判決を求めた。

二、被控訴代理人は、控訴につき、「本件控訴を棄却する。」との判決を求め、附帯控訴の趣旨として、「原判決を次のとおり変更する。控訴人は、被控訴人に対し、金六五万八、〇八七円とこれに対する昭和三四年六月一六日から右完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、第一、二審とも控訴人の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求めた。

第二当事者の主張

当事者双方の主張は、左記のとおり附加、補正するほかは、すべて原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一、控訴人の主張

(一)  被控訴人主張の採掘権(以下本件採掘権という。)は、昭和二八年九月一〇日その試掘権当時、最終的に控訴会社が被控訴人から譲り受けて、名実ともにその権利者となったものである。

(二)  仮に被控訴人主張の頃、被控訴人と控訴会社の間に被控訴人主張の如き合意が成立したとしても、それは当時控訴会社の代表取締役でもあった被控訴人が、控訴会社の本件採掘権を、被控訴人個人の採掘権であると誤信したことに基くもので、もし右採掘権が控訴会社のものであることを知っておれば、右合意に出でなかったものであるから、右合意は要素の錯誤で無効である。

(三)  仮にそうでないとしても、被控訴人主張の上記合意は、被控訴人の本件採掘権を控訴会社に貸付け、控訴会社は、被控訴人に対し、被控訴人主張の借受料を支払うというのであるから、これは正しく所謂斤先掘契約であって、公序良俗にも違反し無効である。

(四)  以上いずれの主張も認められないとしても、被控訴人主張の右合意は、控訴会社と試掘契約をした訴外日産化学工業株式会社(以下単に訴外日産化学ともいう。)の本件鉱区における試掘が成功して、右訴外会社から租鉱料が入れば、という条件付のものであったところ、右条件は遂に不成就に終ったから、右合意はその効力を生ぜずに終ったものである。

二、被控訴人の主張

(一)  控訴人の当審における主張事実中、前記(一)、(四)の主張は、時機に遅れた攻撃、防御方法で訴訟の完結を遅延させるものであるから、許されない。

(二)  控訴人の当審における主張事実は、すべて否認する。

(三)  控訴人は、錯誤による無効を主張するが、仮にそのとおりであったとしても、控訴人は、本件採掘権は真実控訴会社の採掘権であるのに、同会社代表者の被控訴人が、被控訴人個人のものだと誤信した結果によるものだというのであるから、控訴人主張の錯誤は、控訴会社代表者の重大な過失によるものであることを自認するものに外ならず、控訴人は民法第九五条但書により、その無効を主張し得ない。

(四)  控訴人は、被控訴人主張の合意は斤先掘契約であるから無効だと主張するが、斤先掘契約を無効とする理由は、鉱業権者が第三者をして鉱業権を実施させる結果として、鉱業経営に対する国家的監督を困難にし、その責任の所在を不明確にすることを防ぐのが目的であるところ、本件においては、本件採掘権はあくまでも被控訴人の採掘権であるが、これを控訴会社に譲渡したことにして、同社を鉱業権者として登録し、同社をして本件の石油及び可然性ガスを採掘、取得せしめ、被控訴人は、ただその対価として被控訴人主張の借受料の支払を受けるのであって、本件は、右のように登録上の鉱業権者と鉱業権の実施者はあくまでも同一人にして国家的監督も容易であるから、控訴人のいうような斤先掘契約にも当らないし、また公序良俗にも違反しない。

三、原判決摘示事実の補正≪省略≫

第三証拠関係≪省略≫

理由

一、控訴人は、天然瓦斯の開発、圧縮瓦斯の製造及び販売を業とする会社であり、被控訴人が昭和二四年八月八日から同三三年三月一四日まで右会社の代表取締役であったことならびに本件採掘権について被控訴人主張どおりの登録がなされていることは当事者間に争いがない。

二、そこで本件採掘権が、被控訴人、控訴人そのいずれの採掘権であるかについて検討する。

(一)  被控訴人は、まず控訴人の当審における本件採掘権は昭和二八年九月一〇日その試掘権当時最終的に控訴会社が被控訴人から譲り受けた旨の主張は、時機に遅れ、訴訟の完結を遅延させるものであるから、許されない旨を主張するが、右主張は、控訴人が原審口頭弁論の当初から本件採掘権は名実ともに控訴人の採掘権である旨を主張して、被控訴人の採掘権であることを争っていることならびに本件口頭弁論の経過に徴すれば、自ずとその失当なることが明らかであるから、これを容れることができない。

(二)  そこで次に、その実体について考えてみるに、≪証拠省略≫によれば、

被控訴人は、昭和二四年一二月一〇日頃訴外稲垣宗次郎から、本件採掘権の前身である富山県登録第一、五八九号の試掘権を代金六〇万円で買受けたが、対外的信用の面は勿論のこと、国からの助成金や他からの融資その他対税金対策上も、被控訴人個人の名義にしておくよりも会社名義に登録しておく方が有利であると考えて、従前から被控訴人が代表取締役をしていた控訴会社の旧商号株式会社大谷組を北陸石油開発株式会社と変更し、同会社が昭和二五年五月五日右稲垣から譲受けたことにして、同年九月一五日右会社名義で右試掘権取得の登録をしたこと、

ところが、昭和二七年には国の助成金もおり、出資者も出てきて、事業が好調になってきた一方、被控訴人が脳溢血で倒れるというようなこともあったため、右試掘権の帰属関係を明確にしておく必要が生じ、その頃取締役会の承認を経て、昭和二七年一一月一一日、当時既に商号を前記北陸石油開発株式会社から現在の北陸天然瓦斯株式会社に変更していた控訴会社から、被控訴人が右試掘権の譲渡を受けた形式をとって、その登録名義を同年一二月一一日被控訴人に移転したこと、

しかし、その後控訴会社は、事業の拡大につれ、資金不足に悩むようになっていたところ、たまたまその頃富山県下で事業を営んでいた訴外日産化学と、同訴外会社は控訴会社に資金を貸付け、控訴会社は右資金によって開発した瓦斯を右訴外会社の富山工場に供給する旨の事業提携の機運が生じ、これを実現させるためには、再び上記の試掘権を控訴会社名義にしておく必要が生じたので、昭和二八年九月五日開催の取締役会で、被控訴人には後日租鉱料を支払うから、この際被控訴人の上記試掘権の登録名義を控訴会社名義に変更してほしいということになって、同月一一日譲渡の形式をとって、同年一二月九日その旨の登録をなし、その後昭和三一年六月二一日右試掘権が本件採掘権として控訴会社名義で登録されるに至ったものであること、

が認められ、以上の認定事実によれば、本件採掘権は控訴会社名義の登録にはなっているけれども、それは右認定のような事情から、形式上被控訴人から控訴会社に譲渡されたことにして、その登録名義を控訴会社に移しただけのもので、その実体的権利は被控訴人に帰属しているものと認めるを相当とし、≪証拠判断省略≫、また≪証拠省略≫によれば、控訴会社の元帳に、控訴会社が、昭和二五年五月二五日本件鉱業権を訴外稲垣から買受けて、同二八年五月三一日これを被控訴人個人に売却し、さらに同二九年五月三一日被控訴人個人から再びこれを譲り受けた旨の記帳があり、また控訴会社の営業報告書や決算報告書にも本件鉱業権が控訴会社の資産として計上されていることが認められるが、前記認定の如き本件鉱業権の形式的な移動経過に徴すれば、控訴会社の右各帳簿や報告書に右の如き記帳や計上がなされていることは必ずしも異とするに足りないのみならず、右各帳簿や報告書の記載が実体に即したものであることを認め得る証拠もないから、これらの事実はいまだもって前記認定を妨げるほどのものでないし、他に前記認定を動かすに足る証拠もない。

三、そこで次に、被控訴人主張の租鉱料支払契約の成否について判断するに、≪証拠省略≫を総合すれば、上記認定の控訴会社と訴外日産化学の事業提携も昭和三一年三、四月頃にはいよいよ実現の運びとなり、訴外日産化学から控訴会社に租鉱料が入る見通しもついたので、同年八月四日、当時の被控訴人宅に控訴会社の取締役全員が集って取締役会を開き、最初本件採掘権の帰属関係について中谷鶴松、堀一徳両取締役から反対の意見も出たが、結局控訴会社名義に登録されている本件採掘権は被控訴人個人の採掘権であることを確認の上、同日被控訴人と控訴会社との間に、(イ)被控訴人は、同人の本件採掘権を控訴会社に貸付け、(ロ)控訴会社はその鉱区内で石油及び可燃性天然瓦斯を採掘、取得し、(ハ)控訴会社は、右採取にかかる可燃性天然瓦斯に対し、一立方メートル当り金三五銭の割合による借受料を昭和三二年四月一日から、被控訴人に支払う旨等の契約を締結することを承認し、同日被控訴人個人と控訴会社との間に右同旨の契約が成立するに至ったものであることを認めることができ(る。)≪証拠判断省略≫

四、よって控訴人主張の抗弁について検討するに、

(一)  控訴人は、まず前認定の租鉱料支払契約は、同契約当時控訴会社の代表取締役でもあった被控訴人が、控訴会社の本件採掘権を、被控訴人個人の採掘権であると誤信したことに基くものであるから、要素の錯誤で無効である旨主張するが、右契約当時本件採掘権が被控訴人個人の採掘権であったものと認むべきこと上記認定のとおりであるから、控訴人の右抗弁はその前提を欠き失当たるを免れない。

(二)  そこで次に、控訴人の右租鉱料支払契約は所謂斤先掘契約であって無効である旨の抗弁について判断するに、鉱業法は、その第一三条において、「鉱業権は、相続その他の一般承継、譲渡、滞納処分及び強制執行の目的となる外、権利の目的となることができない。但し、採掘権は、抵当権及び租鉱権の目的となることができる。」と規定し、鉱業権は、鉱業経営の経済的重要性とその危険性等のため、鉱業権者自らこれを管理、行使するを要し、租鉱権設定の方法(鉱業法第七七条、第八四条、第八五条等)による以外鉱業権者に非ざる第三者に採掘権を貸与し、同人をして鉱業権者の権利に属する鉱物を採掘、取得せしめることを禁止しているものと解すべきところ、被控訴人主張の本件租鉱料支払契約は、前記認定のとおり、鉱業権者たる被控訴人がその鉱業権である本件採掘権を控訴会社に貸付け、控訴会社をしてその鉱区内で石油及び可燃性天然瓦斯を採掘、取得せしめ、控訴会社は、右採取にかかる可燃性天然瓦斯一立方メートルにつき金三五銭の割合による借受料を被控訴人に支払うことを本旨とするものであって、その実質は、明らかに本件採掘権の賃貸に該当するものというべきであるから、右租鉱料支払契約は、正に鉱業法第一三条の禁止規定に違反し、所謂斤先掘契約として無効のものといわなければならない。

被控訴人は、本件鉱業権者はあくまでも被控訴人であるが、本件は、その主張の如き事由で、登録名義は、控訴会社となっており、したがって登録上の鉱業権者と鉱業権の実施者とはあくまでも同一人にして、国家的監督も容易であるから、所謂斤先掘契約には当らず、本件租鉱料支払契約は有効である、と主張するが、大体真実の鉱業権者と登録上の鉱業権者とが異なることそのこと自体が既に問題であって、国の真実の鉱業権者に対する行政監督を著しく阻害するものであるのみならず、仮に登録名義人に対する行政監督はこれをなし得るとしても、現実の鉱業権の管理、行使が真実の鉱業権者に非ざる第三者によって行われるための、鉱業経営上の保安対策を無視ないしけ(懈)怠した濫掘ないし侵掘の虞れは否み難いこと、さらには、もし被控訴人主張のような方法が許されるとすれば、鉱業権の賃貸借を欲する当事者は、その登録名義を移転することによって、いつでも容易に鉱業法第一三条の禁止規定を潜脱し得ることとなり、かくては右法条の空文化にひとしき結果を招来することにもなり兼ねないこと等を考え合せれば、被控訴人の右主張はたやすくこれを容れることができない。

五、以上説示の次第によって、本件採掘権は、被控訴人の採掘権ではあるが、被控訴人主張の本件租鉱料支払契約は、鉱業法第一三条の規定に違反し、所謂斤先掘契約として無効なものといわなければならないから、右契約の有効なることを前提とする被控訴人の本訴借受料の請求は、その余の判断に及ぶまでもなく、失当たるを免れない。

してみれば、原判決中、被控訴人の請求を棄却した部分は相当であるが、右理由なき被控訴人の請求を認容した部分は失当たるを免れないので、これを取消し、当該部分の被控訴人の請求ならびに同人の本件附帯控訴はいずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西川力一 裁判官 島崎三郎 井上孝一)

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